国指定文化財

更新日:2021年07月01日

江沼神社長流亭
(えぬまじんじゃちょうりゅうてい)

員数    1棟
所有者    江沼神社
所在地    大聖寺八間道
指定年月日    昭和9年1月30日


大聖寺藩邸の外郭、旧大聖寺川に臨んで宝永6年(1709)に建てられた数寄屋造建築である。設計は小堀遠州とも伝えられている。
古くは川端御亭(かわばたおちん)といわれ、藩主の休息所として使われたという。
玄関扉のデザインや書院欄間の大胆な意匠など、桃山時代の名残を留めており、我が国の数寄屋建築を代表するものとして高く評価されている。

江沼神社長流亭の写真

 

 

薬王院五輪塔
(やくおういんごりんとう)

員数    1基
所有者    薬王院
所在地    山代温泉
指定年月日    昭和32年2月19日


平安時代後期に悉曇学(しったんがく)を究め、「あいうえお五十音順」を創始したと伝えられる明覚上人の供養塔といわれている。
凝灰岩製の五輪塔で、各面に大日真言が梵字で配され、優美な蓮弁円相が表わされている。その優美さと全体の安定感のある形態から、鎌倉時代の建立と推定されている。

薬王院五輪塔の写真

 

 

忠谷家住宅
(ちゅうやけじゅうたく)

員数    4棟
所有者    個人
所在地    橋立町
指定年月日    平成21年6月30日


北前船主忠谷家住宅の建築年代は、江戸後期の天保年間、忠谷家が独立船主となって間もなくのことと推定される。当初から瓦葺きでありながら、一部に茅葺の名残を留めた過渡的様相を示す貴重な建物である。現在当市に残る北前船主住宅としては最古であり、20畳のオエの背後に2列6室を配した当地方特有の間取りで建てられている。主屋東に大正時代に増築された離れ座敷、土蔵2棟及び屋敷構もともに指定されている。

忠谷家住宅の写真

 

 

工芸品

陶製金剛童子立像
(とうせいこんごうどうじりゅうぞう)

員数    1躯
所有者    医王寺
指定年月日    明治33年4月7日


明治33年(1900)に明治天皇が北陸巡幸の際、天覧に供され、明治天皇自ら金剛童子の名を付けたと伝えられている。
寺伝では古九谷の焼成が成功したことを記念して、後藤才次郎と田村権左右衛門が寄進したと伝えている。その真偽はともかく、天を衝く怒髪や鋭い眼差しなど、九谷焼独特の深い色合いの釉調とも相まって、造形的に優れた点が高く評価されている。

陶製金剛童子立像の写真

 

 

蒔絵角赤手箱
(まきえすみあかてばこ)

員数    1合   附文章1巻
所有者    菅生石部神社
指定年月日   明治33年4月7日


江戸幕府2代将軍徳川秀忠の二女珠姫(天徳院)が、前田家3代利常に輿入れした際の婚礼調度品である。後の初代大聖寺藩主三男利治の成長を祈願して、元和5年(1619)に菅生石部神社に寄進されたことが、附指定の局筆文書であきらかである。
梨地に蒔絵で菊桐紋を散らした豪華な造りで、我が国の漆工芸の技術の高さを示すとともに、将軍息女の婚礼調度を知る上でも貴重な作品である。

蒔絵角赤手箱の写真

 

 

書跡・典籍

 

【書跡】

正親町天皇宸翰御詠草
(おおぎまちてんのうしんかんごえいそう)

員数    1幅
所有者    菅生石部神社
指定年月日    明治33年4月7日


菅生石部神社に伝来した経緯は不明であるが、永禄4年(1561)の歌合で「閑見月」の題で詠んだ和歌の草稿である。
書体は後柏原院流の優雅でなめらか且端正な筆致で書かれている。時は戦国時代であり、皇室の財政は窮乏を極め、即位から3年以上たってからようやく即位の大礼を挙げることができたという。その後国内が安定し、王朝文化の復興にと伝統を守ることに努めた天皇といわれている。

正親町天皇宸翰御詠草の写真

 

 

重要無形文化財

工芸技術

木工芸
(もくこうげい)

指定年月日    昭和59年4月9日
保持者    川北良造(認定年月日    平成6年6月27日)


豊富な樹種に恵まれた我が国の木工芸は、独特な発展をとげ、多彩な技法に発展した。主な技法として、指物(さしもの)・刳物(くりもの)・彫物(ほりもの)・挽物(ひきもの)・曲物(まげもの)がある。
加賀市においては、木材をロクロで回転させ、椀や盆などを削り出す挽物技術が木工芸の指定を受けている。
川北良造氏は、重要無形文化財「木工芸」保持者で、全国の漆器のロクロ挽物で高い技術を誇り、全国漆器の9割以上の木胎を生産している山中木地挽物の中でも、最も高い芸術性と技術を備えた木工界の第一人者として知られる。父の川北浩一に技術を見習い、のちに木工指物師の重要無形文化財保持者氷見晃堂に師事して、さらに技術をたかめ、後進の指導にも尽力している。

重要無形文化財保持者の川北良造氏の写真

 

 

重要有形民俗文化財

有形の民俗文化財

白山麓の山村生産用具及び民家
(はくさんろくのさんそんせいさんようぐおよびみんか)

員数    2,638点、1棟
所有者     加賀市
所在地     用具:大聖寺敷地町
               民家:山田町
指定年月日    昭和52年6月14日
                      昭和55年4月24日追加


分校町に居住していた伊藤常次郎氏が30年にわたって、ふるさとの小松市小原町を中心とした白山麓の村々で収集した民具と民家である。山師と焼畑・炭焼き関係の資料を中心としているが、白山麓の狩猟や漁猟・養蚕などの他、日々の生活に伴う資料など多岐にわたっている。
民家は旧新丸村新保にあったもので、典型的な加賀型農家の間取りであるが、最大の特徴は、焼畑に伴う乾燥施設のアマボシダイを備えている点である。ともにかつての白山麓のくらしを知る上で、欠くことのできない貴重な資料である。

白山麓の山村民家の写真

 

 

白山麓の積雪期用具
(はくさんろくのせきせつきようぐ)

員数    2,236点
所有者    加賀市
所在地    大聖寺敷地町
指定年月日    昭和63年3月17日


豪雪地帯として知られる白山麓で使用されていた積雪期の民具である。この資料も伊藤常次郎氏が収集したものであり、旧白峰村・尾口村・鳥越村などの特に雪深い地区で採集されたものである。多種多様の用具があり、豪雪地帯にたくましく生きた人々のくらしぶりと知恵を知ることのできる貴重な資料である。

白山麓の積雪期用具の写真

 

 

史跡名勝天然記念物

史跡

法皇山横穴古墳
(ほうおうざんよこあなこふん)

所在地    勅使町
指定年月日    昭和4年12月17日


古墳時代後期に作られた横穴墓で、遺体を安置した玄室の天井には様々な形態がある。特に断面が家形をした玄室は死後の家という概念があったことを示すものとして注目される。
現在80基の横穴が開口しているが、未調査も含めて全体では300基程度と推定され、日本海側では最大規模を誇る横穴群である。

法皇山横穴古墳の写真

 

 

狐山古墳
(きつねやまこふん)

所在地    二子塚町
指定年月日    昭和7年4月19日


二子塚町の水田中にある前方後円墳で、昭和7年土砂取りの最中に石棺があらわれ、調査の結果、5世紀後半に築かれた全長56メートルの古墳であることが判明した。副葬品には銅鏡・銀製帯金具・桂甲短甲・直刀・玉類など、畿内と結びつきの強い遺物が多量に出土している。こうした古墳の規模や副葬品の内容から、畿内勢力と結びつきの深いエヌマの首長の墳墓であると推定されている。

狐山古墳の写真

 

 

九谷磁器窯跡
(くたにじきかまあと)

所在地    山中温泉九谷町、山代温泉
指定年月日    昭和54年10月23日
                      平成17年3月2日追加                     
                      平成18年7月28日追加


我が国の伝統工芸を代表する九谷焼発祥の地で、世界の名陶と讃えられる古九谷が作られたとされる窯跡及び工房跡である。
山中温泉九谷町の窯跡は、江戸前期の登窯跡2基と、江戸後期の吉田屋窯跡1基と工房跡からなる。1号窯跡は全長36メートルの登窯で、2号窯跡は全長12メートルと縮小される。工房地区には現在確認されるものとしては世界最古の色絵窯跡がある。吉田屋窯跡は江戸後期に古九谷の再興を目指して造営された窯で、現代九谷焼源流の窯跡である。
山代温泉の窯跡は吉田屋が吉田屋窯開窯わずか1年強で移した窯で、以後この山代温泉の窯を中心として九谷焼は連綿と受け継がれ、明治以降旧加賀藩諸窯も九谷の名を使用するようになって現代におよんでいる。
これらの窯跡及び工房等は、我が国の工芸史上欠くことのできない貴重な遺跡である。

九谷磁器窯跡の写真

 

 

名勝

おくのほそ道の風景地    道明が淵(山中の温泉)
(おくのほそみちのふうけいち    どうめいがふち(やまなかのいでゆ))

所在地    山中温泉河鹿町
指定年月日    平成27年3月10日


道明が淵(山中の温泉)は、加賀市の山間部、山中温泉の温泉街・東端を北に向かって流れる大聖寺川の渓谷にあり、流れにより凝灰岩の川底を深く浸食してできた淵である。
山中の温泉は、奈良時代の高僧行基が発見したと伝えられ、鎌倉時代の再興を経て戦国武将も保護に努めた長い歴史を持っている。
道明が淵(山中の温泉)には、木橋や文久年間(1861~63)に建てられた松尾芭蕉の句碑(文久元年説と同3年説がある)があり、独特の風致を今に伝えている。
平成27年(2015)3月10日に芭蕉の紀行文『おくのほそ道』に記載された風景地として、「名勝おくのほそ道の風景地」に追加指定された。

おくのほそ道の風景地 道明が淵(山中の温泉)の写真

 

 

特別天然記念物

カモシカ

指定年月日    昭和30年2月15日


日本固有の動物で、ヤギに似た角を持ち、本州・四国・九州に分布している。通常群れをなさず単独で行動しているが、まれに夫婦2頭かメスと3歳までの幼獣という家族単位で生活する。
石川県では白山山系の海抜500~600メートルの山地に多く生息しているが、近年個体数の増加により平地でも出没が確認されるようになっている。

カモシカの写真

 

 

オオサンショウウオ

指定年月日    昭和27年3月29日


両生類の中では世界最大といわれるオオサンショウウオであるが、通常は80センチメートル未満のものが多い。稀に1メートルを越す個体が確認され、これまで確認されているものでは岡山県で飼育されていた個体が、150.5センチメートルと最大であったが平成22年に死亡している。当市内に飼育されている2匹の個体のうち1匹は、昭和48年山中温泉鶴仙渓で捕獲されたものである。平成24年の測定で136センチメートルと確認され、当時生育している個体としては国内最大であることが解った。約3000年前から形が変わらず、生きた化石ともいわれており、我が国の生物学上貴重な種といわれている。

オオサンショウウオの写真

 

 

天然記念物

篠原のキンメイチク
(しのはらのきんめいちく)

所在地    篠原町
指定年月日    昭和2年4月8日


明治9年(1876)マダケ林中から突然変異で発生したもので、金明竹の名称は明治11年(1878)、明治天皇が北陸巡幸した際天覧に供し、明治天皇自ら命名したと伝えられる。
本来、全緑であるはずの茎第1層が黄色となり、枝別れした溝部にのみ緑色が残る。葉は白筋が入った斑入りとなっている。竹の生態を知る上でこうした自然発生地は貴重であり、国の天然記念物に指定されているのは全国で4か所しかない。

篠原のキンメイチクの写真

 

 

栢野の大スギ
(かやののおおすぎ)

所在地    山中温泉栢野町
指定年月日    昭和3年11月30日


栢野菅原神社境内にある杉巨木群のうち最大の杉で、地上約5メートルで二又に分かれている。胸高幹廻り9.6メートル、樹高約55メートルを測る巨木で本州では最大の杉である。昭和22年(1947)の昭和天皇北陸巡幸の際、天覧されたことから、天覧の大杉ともよばれている。推定樹齢は2300年とも700年ともいわれており、研究者によって大きな開きがあるが、我が国を代表する巨木である。

栢野の大スギの写真

 

 

鹿島の森
(かしまのもり)

所在地    塩屋町
指定年月日    昭和13年8月8日


福井県との県境に接した大聖寺川と北潟湖の間にある陸続きの島が鹿島である。標高約30メートル、外周約600メートルほどの岩盤でできた小島で、表層の土部分は比較的薄い。
古くから信仰の場として保護されてきたため、タブやスダジイ・ヤブニッケイなどの常緑広葉樹が繁茂し、樹下にはカラタチバナやベニシダ・ムラサキシキブなどが自生している。こうした暖地性原生林は加賀では唯一残った貴重な自然環境である。

鹿島の森の写真

 

 

八幡神社の大スギ
(はちまんじんじゃのおおすぎ)

所在地    山中温泉菅谷町
指定年月日    昭和18年8月24日


菅谷八幡神社境内にある大杉で、地上約3メートルで三又に分かれており、栢野の大スギが二又大杉と呼ばれるのに対して、こちらは三又大杉と呼ばれている。胸高幹廻り約7.6メートル、高さ約38.5メートルを測り、栢野の大スギについで大きな杉である。

八幡神社の大スギの写真

 

 

 

ヒシクイ

指定年月日    昭和46年6月28日


大型のガンの一種で、マガンより一回り大きい種である。ユーラシア大陸北部で繁殖し、10月上旬頃に日本へ飛来する渡鳥である。
かつては日本全国に見られたが、環境の変化等で激減しており、片野鴨池は数少ない飛来地の一つである。
湖沼や湿地に生息し、早朝に群れで周辺の水田に移動して、マコモやヒシの実を好んで採餌する。

ヒシクイの写真

 

 

マガン

指定年月日    昭和46年6月28日


ガンカモ目・ガンカモ科の鳥類で、ヨーロッパやシベリア・アメリカ大陸北部で繁殖し、10月上旬頃日本に飛来する。ヒシクイと同様、湖沼や湿地に生息し、早朝に群れで周辺の水田に移動して採餌する。警戒心が強く、群れで行動する特徴がある。

マガンの写真

 

 

 

 

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